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ナレッジ・マネジメントの実現に向けて「創発型」マネジメントと呼ぶ手法が注目されている。社員の自発性を支援することでやる気や創造性を高め、知恵を最大限に引き出す仕掛けだ。
情報インフラや議論の「場」を提供するだけでは不十分で、上下関係を超えて自由に議論できる新たなルール作りが重要になる。
社員のナレッジ(知恵)を引き出し、企業の活力を高めていくナレッジ・マネジメント。これを実現する新たなアプローチ手法として、「創発型」マネジメントと呼ばれる新しい経営スタイルが注目されている。
創発とは物理学の新潮流「複雑系理論」に登場する用語「emergence」が語源で、「個々の自発性が全体の秩序を生み出す」という自然界の性質を意味する。創発型マネジメントとは、こうした性質を経営に取り入れることで社員1人ひとりの発想を支援し、やる気や創造性を向上させる手法である。具体的には、組織の上下関係にとらわれずに自由かつ活発に議論できる環境を整備することで新たなナレッジの創造につなげ、商品開発や研究開発などに役立てるわけだ。
今年6月、日本総合研究所が都内のホテルで「創発型の企業組織」をテーマにセミナーを開催したところ、大手企業の幹部クラスが約200人も参加するなど、大きな話題を集めた。
「経営環境が複雑化するなか、経営トップが強制しなくても、個々の社員が自発的にナレッジを生み出せるような創発的な組織体制が強く求められている」(日本総合研究所の田坂広志・創発戦略センター所長)。
実は創発型マネジメントは、複雑系理論の研究で知られる米サンタフェ研究所(ニューメキシコ州)が取り入れている研究開発の手法である。数学者や物理学者、生物学者など異なる分野の研究者が、自由に討論しながら共同研究していくスタイルを採用し、それが次々に優れた発想やアイデアを生み出した。その結果、複雑系理論のような最先端の理論が飛び出すなど、大きな成果につながったという。
「サンタフェ研究所には明確な組織体制はなく、特に研究時間も定めていない。研究員が廊下で顔を合せるとすぐに討論が始まってしまい、それが別の分野の研究員を巻き込みさらに発展することも多い。いわば所内全体が議論の場として新しい発想を生み出している」。かつてサンタフェ研究所で研究統括を担当したマイク・シモンズ氏(現在はコンサルタント会社サンタフェ創発戦略センター・ディレクター)はこう語る。
組織が新しい発想の芽を摘む
なぜ、創発型マネジメントがナレッジ・マネジメントで注目されるのか。それは今までの手法だけでは、社員の活発な討論による新しいナレッジの創造に結び付きにくいからである。
例えば、グループウエアやイントラネットといった情報インフラの導入は、社員の持つ様々なデータやノウハウをすぐに検索できるようにした。全社的な情報共有の基盤は、ナレッジ・マネジメントの実現に不可欠な要素であることは間違いない。ただし、これだけでは過去のデータやノウハウの共有にしか役立たない。
そこで北欧のノキアやスカンディア保険などナレッジ・マネジメントに積極的な海外企業は、情報インフラの整備だけでなく全社員が自由に議論できる「場」をあえて作り上げ、新しいナレッジを生み出そうとしている(本誌99年9月号の特集2を参照)。各社員が抱えている様々な知識や経験、ノウハウやアイデアなどを互いに提供しあい、異なる視点から意見を戦わせることで新たな発想につなげるためだ。
ところが、単に議論の場を設定するだけでは不十分。たとえ長時間の議論を重ねても、組織の上下関係に縛られてしまえば新しい発想の芽を摘まれる恐れがあるし、議論が収束しない場合も出てくる。このため創発型マネジメントで最も重要な点は、自由に議論するためのルール作りにある。
サンタフェ研究所やベルギーの通信機器メーカー、アルカテル・ベルなど創発型マネジメントを導入している事例を分析した結果、議論のルール作りには3つのポイントがあった。
Point1
第1のポイントは、議論の場に組織の上下関係を持ち込まないように徹底することだ。創発型マネジメントが目指す姿はボトムアップによるアプローチである。ところが、当初はボトムアップで議論しようとしても、次第に上下関係が発生するのが現実だろう。そこで上下関係を意識させないような様々な気配りが求められる。
「サンタフェ研究所は明確な組織体制を持たないが、それでも同じ研究員が1つの部門に長く在籍すると、発言力が強くなっていく場合が多い。するとせっかくの研究プロジェクトが、その研究員に“ハイジャック”され、迷走飛行を続けてしまう」(サンタフェ研究所で財務・管理を担当したブルース・エイベル氏)。
サンタフェ研究所は、議論を進める際に上下関係が生まれないように、様々なルールを作り上げた。
例えば、「同じ研究員を同じプロジェクトに5年以上在籍させない」というものだ。在籍期間が長期化するに連れ、たとえ意識せずとも自分がプロジェクトの中心メンバーと考えてしまいかねない。そうなると新人メンバーが優れたアイデアを出しても、ベテランメンバーは過去の経験を持ちだし、なかなか意見を認めないという弊害が出てくる場合がある。こうした懸念をあらかじめ排除するためにも、在籍期間の長期化を防止するのだ。
このほか上下関係を意識させないように、あえて議論の時はテーブルを円形に配置したり、議論するメンバーをできるだけ少人数に絞るなど、様々な試みがあるという。テーブルを四角に配置すると、座席の位置だけで上下関係が決まってしまうからだ。
「メンバー全員から自発的な意見が出なければ、活発な議論にならない。このため最も重要な点は、メンバー全員に自ら議論に参加している、という意識を持たせることだ。少しでも上下関係を意識させると、新人メンバーはあまり意見を言わない。しかも多くのメンバーが集まれば、意識は薄れてしまう」(マイク・シモンズ氏)。
Point2
工業で実施されていた「ワイガヤ」と呼ばれる手法だ。これは社員同士が「ワイワイ、ガヤガヤ」と互いに意見を出し合いながら、問題解決に向けて新しい発想を生み出そうとする試みだが、実はワイガヤにも明確なルールがあったことを知る人は少ない。そのルールとは、「何らかの問題解決につながるまで決して議論を終わらせない」という点だ。
実際、ワイガヤではメンバーの1人がリーダーを兼ねて議論を展開し、1つの方向性を求めて誘導する。最終的には問題の提起者が、解決したと判断を下さないと議論が終わらない。必ず結論を出すための手法が、ワイガヤなのである。
かつて本田技研に在籍してワイガヤの手法を学んだコンサルタント会社のフライシュマンヒラードジャパン(本社東京)の田中慎一社長は、「ワイガヤは社員の知恵を借りて意見をある方向に集約しながら問題解決を図る手法で、議論のためのやり方が存在する。そこが皆で意見を述べ合うだけのブレーンストーミングとは大きく異なる」という。
「ワイワイ、ガヤガヤ」といくら自由に議論できる場を設定しても、社員が自分勝手に意見を述べるだけでは時間だけが過ぎてしまい、なかなか解決策に結び付かない。問題解決を明確に意識することで、はじめて議論が生きてくるのである。
Point3
ただし、こうした議論のルールを設定しても、社員の自発性が伴わなければ意味はない。そこでアルカテル・ベルは、社員の自尊心に訴えることで自由な議論を促進する作戦に出た。
アルカテル・ベルには約5000人の技術者がいるが、互いにプロ意識が強いためか自分たちのノウハウを開示しなかった。特にベテラン技術者になるほど、その傾向が強い。同社はイントラネットに電子会議室を設けてノウハウの開示を促進したり、社内に数ヵ所あったカフェを1つに統合して強制的に顔を合わせるようにしたが、オープンな雰囲気は生まれなかった。
そこでイントラネットにノウハウを開示すると、技術者の名前を必ず表示するようにした。これが特にベテラン技術者の琴線に触れてノウハウの開示が進み、次第にカフェで自分の経験を話し合うようになった。こうしたベテラン技術者を交えた議論が、若手技術者のスキル向上にもつながったという。現在は定期的にベテラン技術者と若手技術者を集めた「ハイスピードカフェ」と呼ぶ懇談会も開催するなど、議論の場が急速に拡大しつつある。
最初から自発性を備える社員は少ない。評価制度も整備するなど社員のやる気をいかに刺激するかが重要だ。
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